●現代人の不安と全体性の回復2018年01月03日

  われわれの自我はその存在が危険にさらされていることを予感するとき不安を感じ、その対象がはっきりしてくると不安は恐怖に変わるそうです.



 何年か前に胸がきりきりと痛くなり、寒い季節なのに額からあぶら汗がしたたりおち顔面蒼白になるというできごとがありました.
 心筋梗塞そのものの状態だったので、あわてて救急にかけつけたのですが、検査の結果心臓疾患の徴候は認められず、痛みの原因は分からないということで一泊しただけで帰ってくることができました.

 その後は、血圧も安定して、特に心配する要素がない状態なのですが、胸に軽い違和感を感じるだけで強い不安を覚えるようになりました.

 偏頭痛や胃腸の痛みなどではその痛みがかなり強くてもまったく不安を覚えないのに、心臓だけは特別です.

 心臓の不安は私の個人的な不安ですが、多数の人が同様にもっている不安もあります.

 東日本大震災の未曾有の被害は人々を絶望の淵に追いやり、福島原発は現在でも不安を与え続けています.

 この不安は私の心臓とは違い、多くの人が共通して持つ不安であり、個人のものより深い部分からそれぞれの存在を脅かしているのだと考えられます.

 科学万能の近代文明は「心」を忘れ去ってしまったと言われますが、フクシマはその代表的なものです.


 深層心理学では意識とは別に無意識というものが存在すると仮定します.

 人間は意識を磨きあげることでその文明を進化させてきました..特に西洋の近代文明は自我の発達を尊重し、近代自然科学の発展は意識と無意識とのつながりを希薄なものとしてしまいました.

 その無意識の存在をないがしろにした人間は全体性を喪失し、その結果多くの人が漠然とした不安を抱くようになっています.

 この不安を解消するには、もう一度自分の無意識の部分をさぐり、人間の全体性を回復する必要があります.

 その手掛かりとなるのが、「臨床の知」あるいは「神話の知」とよばれるものなのです.

関連文献:
「臨床の知とは何か・中村雄二郎」、「コンプレックス・河合隼雄」「無意識の構造・河合隼雄」

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