一冊、100円2014年11月03日


 

 天気の良い休日、散歩のついでに大型古本チェーン店にでかけることがあります. 
 以前は最寄駅のすぐそばにあったお店によく行っていたのですが、そこが閉店してしまったので、最近はちょっと遠方まで足を延ばしています.

 特に目的の本を探すわけでなく、“一冊100円”のコーナーで「ふーん、こんな本があるんだ」、「あっ、この本が100円!?」などと思いながら、背表紙を眺めます.

 今年の4月くらいから河合隼雄先生や中村雄二郎先生の本を集中的に読んでいるので、河合先生の「子どもの目からの発想」、「青春の夢と遊び」や中村先生の「術語集Ⅱ」を見つけた時は、「おお!!」と心の中でヨロコビの声を発してしまいました.

 ヘルマンヘッセの「デミアン」も100円コーナーで見つけました.そこには岩波文庫と新潮文庫の両方が置いてありました.両方を見比べて、新品といってもおかしくないほどきれいな岩波の方を買い求めましたが、家に帰って読んでいるうちに、この本の理解には邦訳も大きなポイントになるのではないかと思い、新潮版もほしくなってしまいました.一週間ほどしてその書店に出向いて、新潮文庫のデミアンを探したのですが、見当たりません.売れてしまったのか、入れ替えられてしまったのか詳細は分かりませんが、残念なことをしたものです.

 同じようなことが河合先生の本でもありました.講談社α文庫の河合先生の著書がずらっと並んでいたので、よろこび勇んで書棚に手を伸ばしました.しかし、そのときは他にも面白そうな本を10冊くらい両手にかかえていました.これ以上は持ち切れないし、河合先生の本はスラスラ読めないからなあ、と考え2冊だけ購入することにしました.しかし、それが間違いのもと、再度その古書店を訪れたときに河合先生の本は影も形もありませんでした.

 これはまた違うときですが、街の古本屋さんでモネやマネの画集を3冊200円で売っているのを見つけました.そのときは急いでいたので、帰りに購入しようと思ったのですが、夕方帰るときには案の定売れてしまっていました.
 古書店の回転は思っているよりずっと速いのかもしれません.

 河合先生の本を買おうと思ったときに両手に抱えていたのは司馬遼太郎や東野圭吾といった売れ筋の本です.これらの本は夜寝る前に読むのですが、ストーリーを追うだけの読み方なので、何冊も枕元に置いておきます.したがって、安価な値段で手に入るのはとても助かります.
 一方で、河合先生や中村先生の本のように自分にとって価値の高い本が100円というのは、ちょっともったいないような有難いような、なんとも言えない複雑な心境になってしまいます.

夏休みの読書2014年08月19日

 片山恒夫先生のセミナーに出席して以来、歯周病は“科学の知”に基づく考え方だけでは治せないのではないかと考えてきました.

 現在、歯周炎は多因子性疾患であると考えられており、細菌が原因の一つであることは分っていますが、そのほかの原因は良く分かっていません.
 したがって『原因はこれであるから、こうすれば治る』という科学的思考に基づいた“特定病因説”による治療には限界があるわけです.

 歯周炎に限らず、一般医科でも慢性疾患や精神疾患はどうも“科学の知”だけのアプローチでは“治す”ことができないことが多いようです.

 そんなことをしばらく考えていたので、この夏休みは“科学の知”を補完する“臨床の知”や”神話の知”について勉強してみようと、河合隼雄先生の本に没頭していました.

 「ユング心理学入門」「心理療法序説」の再読からはじめて、「コンプレックス」「無意識の構造」などを精読して、“自我”や“自己”、“コンプレックス”、“影”、“アニマ・アニムス”などの概念を勉強しました.その後、「書物との対話」や「昔話の深層」、「中空構造日本の深層」を読みましたが、とても興味深く、河合ワールドにどっぷりつかっていました.
 河合先生の本に何度も書名の出てくる本があります.ヘルマン・ヘッセの「デミアン」です.デミアンはユング心理学を知ったうえで読むとヘッセの魂の遍歴が分かり、さらにユング心理学もなんとなく分かったような気になってしまいます.

アンデルセン童話「影法師」の挿絵

 

 

 

 ところが、改めてユング心理学を自分の頭できちんと整理しようとしてみると、「影とコンプレックスはどのように違うのだろう」、「影と無意識の関係はどうなっているのだろう」、など判然としないことが噴出してきます.コンプレックスや無意識などユング心理学の用語に関してはある程度知識を得たのかもしれませんが、その全体像を理解したとはとても言えないようです.
 そのことを指摘する一文を「影の現象学」で見つけました.
 そこには、『“影”のみらず“元型”は個人にとってどのように見いだされ、どのように体験されるかが大切なことであり、厳密に定義することができない、知的に議論することは意味がない』ということが書いてありました.
 そして、『“影”は個人に体験されることとしてはまず無意識全体として体験されると言わねばならない』とも.

 私の心の中をさぐり、私自身を知るには、まず影を体験し、さらに分化、深化させせていく必要があるということになります.しかし、その旅は進めば進むほど困難で多くの危険が待ち受けているらしいのですが、そのような深い理解は体験してみなければわからないということになるのでしょう.




ときに癒し、しばしば和らげ、つねに慰む2014年05月18日

  Guerir quelquefois Soulager souvent Consoler toujours

トルドーの記念碑

 アメリカ合衆国ニューヨーク州のサラナク湖畔にあるトルドーの開いた結核療養所(サナトリウム)の前庭に、患者さんがトルドーへの感謝の印として建てた記念碑があります.このモニュメントに刻まれているのが、『Guerir quelquefois Soulager souvent Consoler toujours』というフランス語で、『ときに癒し、しばしば和らげ、つねに慰む』という意味だそうです.
 この箴言が誰の手によるものなのか、未だによく分かっていませんが、永い間医療者の基本的な心構えとして伝えられています. 

  片山セミナーでも、アンブロワーズ・パレの『我包帯す、神、癒し賜う』とともに受講生が必ず耳にする箴言のひとつです.
 セミナーで取ったノートを見ると、「ときに癒し、しばしば和らげ、つねに慰む」と記した下に、医者は慰めの心を忘れてはならない、と書いてあります.
 片山先生ご自身が緑内障になったとき、眼球摘出の可能性もあるという厳しい宣告を担当医から告げられました.その言い方が思いやりのかけらも無い冷酷無比なものだったので、暗澹たる思いにかられたことに触れ、医者が患者の思いを無視している現状を嘆いています. 
 「キミたち歯医者も、患者さんの思いをまったく考えないで、簡単に歯を抜いている.歯や口という部分しか見ていない.人間をまったく見ないで、歯“医者”とうそぶいている.医療者の中で一番人間的でない医療を行っているのが歯医者.そんなことではアカン!」と叱責されています. 
 そして、もし人間的な歯科医療を行いたいのなら、“患者さんまるごと”をつかまえること.その人の過去も、現在も、考えていることも、何もかも、なるべく理解しようと努めること、そのときの患者さんの気持ちを推し量ること、患者さんの気持ちを自分の気持ちとしてとらえることがとても大切である、と熱弁が続きます.
 最後に、具体的に我々がすべきこととして、自分自身を鍛えること、自分と向き合い、自分の頭で考えること、そのためには、他方面の読書、専門分野以外の本を読むように、自分を高めるようにと締めくくられています.

 私の人生は黄昏時になってしまいましたが、肉体はいざ知らず、内面的な自分はまだまだ鍛えることはできそうです.残された時間、なるべく自分と向き合い、最後の最後まで自分を鍛錬するよう努力したいと思っています.

ユングのタイプ2014年05月11日


ユング心理学入門 河合隼雄 培風館
 河合先生のユング心理学入門を読んでいたら“タイプ”のところに次のような逸話が載っていました. 

 ある日、ショーペンハウアーが瞑想に耽ったまま、公園の花壇に入りこんでしまいました.これを見た園丁が、「そこのあなた、自分が何をしているのか分かっているのか、あなたは誰なんだ」と問いただすと、「内向的思考型」の代表、ショーペンハウアーは「ああー、その答えが分かってさえいれば」とつぶやいたそうです.
 「あっ、それ、何かいいな~」と共感してしまうのは、私のタイプが「内向的思考型」だからなのでしょうか?それとも、今の心持が「内向的思考型」にあこがれている状態だからでしょうか?

  ユングは、外向、内向の二つの一般的態度と、思考、感情、感覚、直観の四つの心理機能を結びつけ、人のタイプを八つの基本類型に分類しています.

  外向型の人にとって内向型の人はわけのわからない冷淡な臆病者と見え、逆に内向型は外向型を軽薄で自信過剰な人と感じます.
 
 また同じ音楽好きでも、思考型は「マズルカとワルツの区別もつかなくてショパンが好きとは良く言えたものだ」といい、感情型は「あなたは、音楽そのものより、その分類と解説が得意のようね」と返すことになります.しかし、そう言いながら自分の反対の型の人を恋人や友人に選ぶ傾向も強いとユングは指摘しています.自分と同型の人に対しては深い理解を、反対型の人には抗しがたい魅力を感じるからでしょう.

 “あなたは何型”と人間を標本箱に分類するような安易な性格分類は、問題がありますが、自分自身を内省して、自分の性格を改変し発展させていく方向を見いだすのに自分のタイプを知るのは悪くなさそうです.また苦手な人や何を考えているか良く分からない人を理解しようとするときにも、ユングの“タイプ”は役に立つのではないかと思います.
河合隼雄先生